第1章 指導
指導とは何か。
この章では、指導とは何か、という命題について議論を進めていきたいと思います。第2版ではかなり主観的な記述となってしまいましたが、今回は、できる限り客観的に論を展開していくことにしたいと思います。
第一 教えない指導のこと
一 古代工法で大伽藍を造営できる最後の日本人といわれた西岡常一さんは、口述筆記の本を遺されています。私は、何年か前に偶然NHKの特集で西岡さんのことを知りました。その後、江崎玲於奈氏の著書を読む機会がありましたが、その著書の中で偶然、氏が西岡さんに共鳴していることを知りました。西岡さんの弟子教育法はとても興味深いものでした。ここにその要点を引用します。
西岡さんは、「弟子には、鉋(かんな)の使い方など細かく教えない。教えると、自分より上手にならない」といってい
ます。実際、お弟子さんには、手を取って鉋の削り方を教えることなどはしないで、「私の削った鉋くずを見て削り方を盗め」といったそうです。そして、弟子の小川さんが一生懸命修業を積んで一人前になったとき、西岡さんは「小川は木の心をよくわかっている。小川はもう私以上の腕前だ」といったそうです。
師匠が弟子に何も教えない。これはどういうことなのでしょうか。
この点に関して、江崎博士は、次のような分析をしています。
「一人前の宮大工としての器量は、単なる技術や知識にとどまらず、木の本質を捉える力を備えることだ、といっているのだ。この西岡さんのエピソードこそ、教えること、そして習うことの大切なポイントを暗示している。つまり、安易なお手本を示して、それを倣いなさいとやるだけではお手本以上のものが出てこないのだ。」
注 西岡さんの弟子教育法はあまりにも私の指導法と近似しているものでした。
注 私の経験でも教科書の問題を隅から隅まで分かりやすく教えたとしても、決して予期した成果は得られないも
のでした。あるとき、定期テスト対策として逐一すべての問題を解説して万全の対策をとったつもりでしたが、
結果は最悪ということがありました。教えすぎるとまるで応用がきかないということになります。
注 ただ西岡さのいうように最初から何も教えないということは性質上無理かと思います。最初の導入のところで基
本の仕組みというものをしっかり理解させてから、教科書の問題などは自分で解かせたほうがずっといい結果
がでました。鉋の使い方は自分でつかむしかないというのは、最後のところは結局自分で考えてつかむしかな
いということで、これは指導でも同じです。
さらに、江崎氏はこう言っています。
「西岡さんが師としてお弟子さんに伝えたかったことは、人間としての一番基本になるところは、自分自身で探求しなさいということだったのでしょう。一般的に日本の若者は「こうやれ」と言われるとよくできるが、自分から何かを発することは苦手です。それに挑戦する精神も乏しい。日本の学問は、ものを習う習得型で何か新しいことに挑戦する探究心の教育を受けていない」
注 「人間としての」という形容句はよくわかりませんが、「自分自身で探求しなさい」というのは、その通りだと思い
ます。ただ、「一番基本になるところ」という部分は、実は、勉強で躓いている子の場合、ここのところが自分でなんとかならないから問題なわけです。たとえば、分数の通分で躓くとか、四則で躓くとかいうような場合です。
二 「考える」ということがそもそもできない子のほうが圧倒的に多いのです。分数の割り算で逆数にしてかけるということを理解するのが困難な子が多数派なんです。このとき、まず九九を覚えるように計算だけとにかくできるように指導します。なぜそういうことをやるのかということは置いておく。こという指導法をよくとります。しくみが分からない子は結局最後は分からなくなるのですが、とにかく少しだけ先延ばしにするという方法をとります。
よく、(-1)×(-1)=+1 になるのはなぜか、ということが問題にされます。教科書には一応説明があるのですが、
これがわかりにくい。その理由は、約束だからということなんですが、つまり必然的にそうなるという理由はない、もちろん数学的には必然的なんですが。ある数学者は、ただ約束だからというのでは、説明にならないとなにやら具体的説例をあげて簡単に説明できると一笑していました。しかし、この数学者のあげる説明を中学生に示してもやはり無駄でしょう。約束といったほうがいい。それでとにかく先へ進めたほうがいいと思います。
子どもは、様々です。分数の通分で躓いた子については、多くの指導経験があります。
私の指導経験では、とにかく時間はかかっても、反復することだと思います。
注 ある子は、小6のとき、通分が理解できなくて、ようやくできるようになったので、今度は分数どうしのかけ算を教えたら、途端に通分と混乱してしまいパニックを起こしてしまいました。そこで、再び、通分にもどりやり直しました。このやり直しを何回も繰り返しました。中1になっても、分数をやっていました。正負の数どころではありませんでした。この子は、学校の勉強には完全に取り残されていました。その子が、中2になって、ようやく正負の数を理解し、文字式を理解し、方程式を理解し、とにかく計算をほぼ完全に理解するまでになったので。この段階でようやく「考える」ということを指導し始めました。英語は単語をひたすら覚えさせるだけの2年間で文法どころではありませんでした。話せば長くなるのでこのくらいにしておきますが、中1のときオール1であった成績が中3の初めにはほぼ4になっていたとうい軌跡的結果だけは付け加えておかなければなりません。英検3級、漢検3級もとりました。
私の指導理論は常に指導の実践を通して得られたものを基本としています。決して、偉い学者の方たちがただ机上の学問だけでなんの実体験もないというのとは違います。
師匠が教えないことが才能を伸ばすということの意味は大きい。
注 教えないというとき、何を教えないか、何を教えるべきか、という見極めが大切です。説明しなくて繰り返し覚えさせるというのも有効な指導法です。
翻って考えてみると、西岡さんは、教えないというが、実はすばらしい指導をしているのではないかと思います。
三 この「教えない指導」ということに関して、実は私は竹の会開設当初から、このような手法をとっていたのです。後年、竹の会で、「過去問指導法」と命名した指導の方法のコンセプトは、自ら考えるというものでした。この方法の実際を具体的に述べてみますと、概ね次のようなものです。
高校入試の数学を例にとりますと、まず私は、基本の概念なり定義なりを、具体的に使いこなせるように指導します。そのためについ最近までは、私の作成したテキストを使用していましたが、ここ二、三年は、より使いやすく工夫したプリントを作成し使っています。内容的には、多項式の展開、平方根の計算、平方根の概念、因数分解、二次方程式をまず完全にマスターさせます。自由自在に計算を駆使できるようになったら、今度は、二次関数、円、三平方の定理の考え方の基本を完全に理解させます。この段階で、あと残っているのは、確率ですが、これは別個に指導します。まず、樹形図を用いた方法でとにかく苦労しても原始的な場合分けでほとんどの問題が解決できるのだということをわからせます。その段階を終わると、ここで初めて高校で履修するはずの考え方のいろいろを紹介していくことにしています。この方法でほぼ完璧に入試問題を解けるようになります。
さて、私のいう基本の知識というのは、分かってもらえたと思います。ここで、初めて過去問を使った指導がスタートします。最初は○○高校の入試問題を数年分解いていかせます。最初はほとんど解けません。生の入試問題は、計算から始まり、文章題、関数、円、立体となんでもありが1セットになっています。これは先入観をもたないで、いつも考えて解くという習慣をつけるのに最適です。ある程度考えてわからなければ、ヒントをいいます。その繰り返しです。私が解いた解法を問題用紙に細かく書き込んだものを渡すこともあります。しっかりと味わってほしいのです。この方法は、いろいろな高校の入試問題を数年分解きつくしては次というふうに進めます。12月ともなると解いた問題量はは電話帳のようになってます。穴を開けてヒモで綴じるのが竹の会流です。この電話帳は今度は入試直前まで何回も解き直すために使われます。7回、8回と解きなおします。入試直前はこの解き直ししかやりません。これが竹の会の過去問指導法といわれるものの中身です。私が書いた解説は膨大な数になります。できるようになると、私の解説を一目見ただけで理解してしまいます。自分で考えるというスタイルを身につけさせるために竹の会がとる究極の指導法です。
四 中学入試における過去問指導法はどのように展開されてきたか。
中学入試をめざす小学生をどのように指導していくかということは、大きな問題でした。いろいろ試したこともありましたが、大手の使うテキストは結局は使えない代物でした。小学生の場合、その子どもの能力差が端的に出てきます。普通に理解力のある平均的な子どもを考えてみましても、やはり算数を習得するというのは並大抵のことではありません。
小学生の場合、まず分数の四則混合、しかもかなり複雑なものが、自由自在にできるようになっていること、さらには逆算式の計算が普通にできるようになっていることがまず出発点(第1ステージ)です。小学6年の6月、7月頃に中学入試をしたいといってやってくる小学生の場合、たいてい分数の通分レベルから怪しい子が多いのです。そこでまずいわゆる第1ステージにもっていくことから始めます。この段階でことのほか時間がかかってしまうこともあります。だから、小5のときから指導を開始していたほうがいいのです。少なくとも、小5の時に第1ステージはクリアしておくことができますから。
第2ステージは何か。いわゆる一当たり量の思考をマスターすることです。ここが一番難しい。結局、ここのところを乗り越えられずに失敗するという子が大半です。
ところで一当たりというのは何かということですが、普通には、割合、速さ、比といった分野のことですが、私が特に一当たりとして重視するのは次のようなものです。
ある量を考えるとき、実際に存在する量というのがあります。たとえばあるドラム缶にオイルが3000リットル入っているとして、この全体量を1と見た場合のことです。1とみた場合の世界と実際の世界とは全く別の世界です。後者をマトリックスと呼び、前者を現実界と呼びましょう。実際に思考する場合に、マトリックスで思考するというわけです。現実界はマトリックスに比例するように反映しています。そこでマトリックスの数値の一部にでも対応する現実界の数値がわかれば、たちどころに現実界の全貌が見えてくるしかけになっています。
次章に具体例でそのことをわかりやすく説明してみたいと思います。ただここでは、多くの小学生がこのからくりを理解できずに、算数ひいては数学を理解できないままに終わるということです。
竹の会では、このことを理解させることに全指導を集中しています。すべての思考の根幹となるこのからくりをなんとか理解させたいといろいろ思案をめぐらし指導しています。
第2ステージをめでたくクリアすると、いよいよ過去問指導法の開始です。ここからは、高校入試の場合と全く同じです。様々な中学の過去問を段階的に解いていきます。たとえば、某中学の平成4年度の算数の問題を1通解きます。入試問題は、普通、計算から始まり、次第に込み入った問題へと並べられています。基本の力を試す問題、少しの応用力をみる問題、相当思考力を要する問題、さらにはとても時間内には解けそうもない問題などが、ちりばめられています。1あたり量をマスターしていれば、理解も速く、次の年度へと進む時間も短くてすむでしょう。できなかった問題は、ヒントをもらいもう一度チャレンジします。それでも解けなければ、図解して説明します。その説明はきちんとノートにまとめさせます。この繰り返しです。過去問は次第に偏差値をあげていきます。12月ともなれば、そのようにして解いた過去問が電話帳のような厚さになります。これはヒモで綴じたりして、整理します。できれば冬休みに入る前に、今まで解いてきた過去問の解きなおしを始めたほうがいいでしょう。過去の指導例では、数回の解きなおしは常識です。中には、14,5回解きなおしたという子もいました。直前には、新しい問題は解かないほうがいいと思います。ただ、志望校の最新の過去問は最終の力だめしに使いますので、それまでは決して解かないようにしなければなりません。
以上述べたことから、「いつから」始めたらいいのかという疑問に対する答えがおのずと出てくるのがわかります。子どもの能力差というものが大きく影響します。第1ステージが中々抜けられない子、第2ステージが結局抜けられなかった子、第3ステージで時間をかけなかったために解いた過去問が極端に少ない子などはどうしても失敗します。また、小6の夏くらいにきて第1ステージから始めなければならないとなると、その後のスケジュールにどうしても無理が出ます。11月にきても第2ステージを完全にマスターしている子だと過去問の消化が速く、あっという間に高偏差値校の問題に達します。つまり、勝負は第2ステージを完全に抜けているか否かにかかっています。ここを抜けられないのなら、中学入試はそもそも無理なのです。子どもの能力の成長の進度はみな違います。むしろ遅咲きのほうが普通です。だから高校入試のころに能力開花する子も多いのです。このへんのところをしっかり見極めることが必要です。
最後に、小学生に方程式をマスターさせることの是非について。
まず、竹の会の指導実例で方程式を完全にマスターした子は2名しかいません。この2人はいずれも小6当時、現役の中3のトップクラスよりもできました。ほかに何人か方程式をなんとか使えるという程度の子どもはいました。しかし、ほとんどの小学生は、正負の数から文字式、そして方程式へと進み、計算をマスターして、いよいよ文章題を方程式で解くという段になって、パニックを起こします。方程式を立てるということがまるでわかっていないし、その上算数を使って解くということもすっかり忘れてしまうというおまけつきでした。ちなみに、方程式をなんとか使えるようになった子はすべて第一志望に合格しています。
方程式で躓く子というのは、概ね先の第2ステージでまず躓いています。だから、方程式を教えるかどうかは、そこが見極めどころです。方程式を理解できるのなら、マスターしておいたほうがいいのです。最近の入試問題には、関数とグラフとか、xをつかった問題など、数学的な問題が増えてきています。その意味では柔軟に対応したほうがいいのです。
しかし、中学入試の問題は数学よりも算数で解いた方がずっと速いし、頭のいい解き方ができるものが大半です。算数は、主として、比を使って解きます。天秤算や面積図をつかって解く問題など知能を刺激する問題がいっぱいです。私は、算数を使って解く方が絶対面白いと思います。算数は頭をよくすると思うのです。だから、まず本当の算数を是非味わってから余裕があれば方程式を立てるという方法も知っておくということでいいと思います。
私は、高校入試でも、中学入試でも必ず自ら解いてみます。その上で無理な問題は生徒にも無理なんですから、無理やり理解させることなんかはしません。そんな問題は解けなくてもいいわけです。また同じ問題でも解き方はいろいろです。出来る限りわかりやすくて基本的な知識のみを使った解法がいい解き方です。その意味で私の解き方はいつも市販のものとは違うことが多いのですが、市販のものは使えないものが多いと思います。

